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秋田家庭裁判所本荘支部 昭和52年(家)177号 審判

申立人 所貞子(仮名)

主文

申立人の氏「所」を「長谷川」と変更することを許可する。

理由

第1申立の趣旨

主文同旨。

第2申立の理由

申立人は、昭和五一年六月二四日、夫所勝と調停離婚して、婚姻前の氏「長谷川」に復氏し、長男賢の親権者を勝、長女麻美の親権者を申立人と定めて各自養育することとなつたが、申立人は麻美の将来等を考え、同年八月三一日、戸籍法七七条の二により離婚の際称していた氏「所」に改氏した。

しかし、申立人は右改氏後も「長谷川」の氏を通称として使用してきたので、氏を再び「長谷川」に変更することの許可を求める。

第3当裁判所の判断

1  本件申立書および申立人提出の戸籍謄本ならびに申立人審問の結果(第一ないし第三回)を総合すると

(1)  申立人は、昭和四〇年一一月一八日申立外所勝と夫の氏を称する婚姻をし、二子をもうけたが、昭和五一年六月二四日、当事者間の長男賢の親権者を勝、長女麻美の親権者を申立人と定めて各自養育することとして調停離婚したこと、そして申立人は婚姻前の氏「長谷川」に復氏したが、上記麻美については父親との関係もあつて、引き続き「所」の氏を称させたいとの気持から申立人の氏に入籍しないままでいたこと、やがて親と子が同じ氏であることの方が子供の福祉に適うものと考えるようになり、また、そのころ民法等の一部が改正された(同年六月一五日施行)ことにより離婚の際に称していた氏に改氏することが可能となつたことなどから、申立人も「所」に改氏することとし、同年八月三一日に至り、戸籍法七七条の二に基きその旨の届出をなしたこと、

(2)  しかし、申立人は離婚により婚姻前の氏「長谷川」に復氏した期間がありその間は専ら「長谷川」の氏を使用していたことや、申立人が離婚していることを知つている友人らは申立人の氏が当然「長谷川」であると思つていることなどから、申立人は「所」に改氏した後も、外部的には「長谷川」を引き続き使用して社会生活を送つていたこと、すなわち、たとえば、申立人が同年九月から一一月まで勤めた職場では「長谷川貞子」であつたことや、各種受領証、郵便物等も殆んど「長谷川」であるほか、申立人が経営するようになつた飲食店の公安委員会からの許可証も「長谷川」であることなど、

(3)  「所」に改氏したことに対し、前夫所勝の親族等から好意的でない態度を示されたことがあることや、申立人自身も所勝と離婚した以上、「所」とは関係を断ち生れ育つてきた「長谷川」の氏を称し、親兄弟と共に「長谷川」家の一員として生活を送りたい気持が強くなつてきたこと

(4)  これらの事情により、本件申立に及んだものであること

以上の事実を認めることができる。

2  本件のような場合においても、戸籍法一〇七条に規定する氏変更の手続を経なければならず、従つて、そのためには変更するにつき「やむを得ない事由」の存在することが必要である。そこで本件についてその点を検討すると、申立人の戸籍法七七条の二に基く「所」への改氏は、将来への確固たる意思と見通しのないまま安易になされたものであつて、その軽卒さは強く非難されねばならないが、右改氏後も日常は「長谷川」を称し、対外的に「所」を使用したことは全くないことや、右改氏後、本件申立のなされる(当庁昭和五二年四月二八日受理)までの期間が短く、改氏による「所」が申立人の氏として社会的に定着する可能性の少なかつたこと、また、変更を求める氏が「長谷川」であり、それは婚姻前の氏であつて離婚により復氏したのと同一の結果となり、世間的には極めてありふれたことである(前記民法の改正がなされたといつても、離婚の際称していた氏に改氏するのが大勢となつているとまではいえない。)こと、従つて、変更の申立を許可することによる社会的な混乱は殆んど考慮しなくてもよく、かえつて、以上のような事情のもとでは右許可しないことにより種々の社会的影響の生ずることが予想されることなどを考え併わせると、本件は氏変更につき前記「やむを得ない事由」がある場合に該当するものと解するのが相当である。

3  よつて、本件申立を相当と認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 湖海信成)

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